まなびのまとめ

読んだ本、考えたことのアウトプットの場として

【読書】生き方 著者:稲盛和夫さん

 

生き方

生き方

 

仏教的な思想には小さなころから触れているので似たような考え方が多くでてきて共感できる。仕事に真剣に取り組むこと、誠実であること、嘘をつかないこと、自分を見つめなおすことなど人間としてよくあろうとする姿勢が素晴らしいことだと思う。

仕事を通して心を磨けとビジネスパーソンに対して贈るエールのような内容。

「人は何のために生きるのか」という根本的な問いに真摯に向かい、稲盛さんの答えをまとめてくれている本。

 

以下本文(pはkindle版)

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混迷の時代だからこそ「生き方」を問い直す

閉塞的な状況が社会を覆いつくしているのはなぜなのでしょうか。それは、多くの人が生きる意味や価値を見いだせず、人生の指針を見失ってしまっているからではないでしょうか 。(中略)

そういう時代にもっとも必要なのは、「人間は何のために生きるのか」という根本的な問いではないかと思います。p.104

 魂を磨いていくことが、この世を生きる意味

 私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。もっとも根源的ともいえるその問いかけに、私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。p.121

 

 「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は迷いもてらいもなく、生まれたときより少しでもましな人間になる、すなわちわずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいくためだと答えます。

俗世間に生き、さまざまな苦労を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて生き途絶えるその日まで、倦まず弛まず一生懸命に生きていく。そのプロセスそのものを磨き砂として、おのれの人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも高い次元の魂をもってこの世を去っていく。私はこのことより他に、人間が生きる目的はないと思うのです。p.134

 自分も小さいときになぜ自分が生きているのかと自分に問いかけていた。親に聞くと「自分にしかできないことがあるから生まれてきた」と。自分が生まれてきた意味はずっと分からないのかもしれないが、自分がいない世の中より自分がいる世の中の方が少しでも良くなっていたら万々歳なのかな。

単純な原理原則が揺るぎない指針となる

才覚が並外れたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが、理念や思想であり、また哲学なのです。p.155

 

人格というものは「性格+哲学」という式で表せると、私は考えています。(中略)

つまり、性格という先天性のものに哲学という後天性のものをつけ加えていくことにより、私たちの人格―心魂の品格―は陶冶されていくわけです。p.159

 

哲学という根っこをしっかりと張らなければ、人格という木の幹を太く、まっすぐに成長させることはできないのです。

では、どのような哲学が必要なのかといえば、それは「人間として正しいかどうか」ということ。p.164

 

嘘をついてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、正直であれ、欲張ってはいけない、自分のことばかりを考えてはならないなど、だれもが子どものころ、親や先生から教わった―そして大人になるにつれて忘れてしまう―単純な規範を、そのまま経営の指針に据え、守るべき判断基準としたのです。p.172

 京セラを27歳の時に経営するときに指針にしたこと

戦後の日本は、戦前に道徳が思想教育として誤って使われたという反省と反動から、これらをほぼタブー視してきました。p.184

 倫理や道徳について

 人間の真理は懸命に働くことで体得できる

お釈迦さまは、悟りの境地に達する修行法の一つとして。「精進」することの大切さを説いています。精進とは、一生懸命働くこと、目前の仕事に脇目もふらず打ち込むことです。私は、それが私たちの心を高め、人格を鍛錬するためにもっとも大事で、一番有効な方法であると考えています。p.195

 

働くということは人間にとって、もっと深淵かつ崇高で、大きな価値と意味をもった行為です。労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていくという効果がある。単に生きる糧を得るという目的だけではなく、そのような副次的な機能があるp.203

 

一つのことに打ち込んできた人、一生懸命働きつづけてきた人というのは、その日々の精進を通じて、おのずと魂が磨かれていき、厚みある人格を形成していくものです。p.216

 

ラテン語に、「仕事の完成よりも、仕事をする人の完成」という言葉があるそうですが、その人格の完成もまた仕事を通じてなされるものです。いわば、哲学は懸命の汗から生じ、心は日々の労働の中で錬磨されるのです。p.219

 「考え方」を変えれば人生は一八〇度変わる

人生・仕事の結果=考え方×熱量×能力p.236 

 考え方にはマイナスポイントがあると

 つねに前向きで建設的であること。感謝の心をもち、みんなといっしょに歩もうとする強調性を有していること。明るく肯定的であること。善意に満ち、思いやりがあり、やさしい心をもっていること。努力を惜しまないこと。足るを知り、利己的ではなく、強欲ではないことなど p.261

 プラスの方向の考え方について

心に描いたものが実現するという宇宙の法則

仏教には、「思念が業をつくる」という教えがあります。p.270

 

思ったことが原因となり、その結果が現実となって表れてくる。だから考える内容が大切で、その想念に悪いものを混ぜてはいけない、と説いているp.272

 

人生は心に描いたとおりになる。強く思ったことが現象となって表れてくる――まずはこの「宇宙の法則」をしっかりと心に刻みつけてほしい

 確かに思いは大事。思い続けてれば行動も変わってくる。

求めたものだけが手に入るという人生の法則

私もまた、自らの人生経験から、「心が呼ばないものが自分から近づいてくるはずがない」ということを、信念として強く抱いています。p.380 

 

したがって事をなそうと思ったら、まずこうありたい、こうあるべきだと思うこと。それをだれよりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって、そうありたいと願望することが何より大切になってきますp.384

 

そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなp.401

 ダム式経営をするアドバイスを求められたときの松下幸之助さんの回答

寝ても覚めても強烈に思いつづけることが大切

思わんとあきまへんあ―この松下さんのつぶやきに私は、「まず思うこと」の大切さを伝えていたp.408

 

だれの人生もその人が心に描いたとおりのものである。思いはいわば種であり、人生という庭に根を張り、幹を伸ばし、花を咲かせ、実をつけるための、もっとも最初の、そしてもっとも重要な要因なのであるp.413

 

ただ願望を成就につなげるためには、並みに思ったのではダメです。「すさまじく思う」ことが大切。漫然と「そうできればいいな」と思う生半可なレベルではなく、強烈な願望として、寝ても覚めても四六時中そのことを思いつづけ、考え抜く。p.417

 

不可能を可能に変えるには、まず「狂」がつくほど強く思い、実現を信じて前向きに努力を重ねていくこと。それが人生においても、また経営においても目標を達成させる唯一の方法なのです。p.430

 これができる人は強いな。。。

現実になる姿が「カラー」で見えているか

ああなったらいい、こうしたいということを強く思い、さらには強く思うだけでなく、その実現へのプロセスを頭の中で真剣に、こうしてああしてと幾度も考え、シミュレーションをくり返すp.436

 

しかも、それが白黒で見えるうちはまだ不十分で、より現実に近くカラーで見えてくる――そんな状態がリアルに起こってくるものp.443

 

「もう、これ以上のものはない」と確信できるものが完成するまで努力を惜しまない。それが創造という高い山の頂上をめざす人間にとって非常に大事なことであり、義務ですらあるのですp.468

細心の計画と準備なくして成功はありえない

楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に行動するp.526

病気になって学ばされた心の大原則

人生で出会う事柄はみんな自分の心が引き寄せたものである。病気もその例外ではない。すべては心の様相が現実にそのまま投影するのだp.557

 心が病気を呼び寄せるとは思ったことはないが、心の強さによって病気を克服できるかどうかは強くかかわると思う。

恐れていたからこそ、そのとおりのことがわが身に起こった。否定的なことを考える心が、否定的な現実を引き寄せたのだと思い知らされた。

運命は自分の心次第だという真理に気づく

 これ以上、この境遇を呪っていてもしかたがない、ここは一八〇度気持ちを切り替えて、仕事に精を出し、必死に研究に取り組んでみようと腹を据えた

 覚悟と勇気。

心の持ち方を変えた瞬間から、人生に転機が訪れ、それまでの悪循環が立たれて好循環が生まれ出したのです。このような経験から、私は人間の運命はけっして敷かれたレールを行くかのように決定されているものではなく、自分の意志でよくも悪くもできるのだということを確信するようになりました。p.596

 

自分に訪れる出来事の種をまいているのはみんな自分なのです。p.602

 

思いという絵の具によって、人生のキャンパスにはその人だけの絵が描かれる。だからこそ、あなたの心の様相次第で、人生の色彩はいかほどにも変わっていくp.606

 きれいな表現

あきらめずやり通せば成功しかありえない

いっけん無理だと思える高い目標にもひるまず情熱を傾け、ひたむきな努力兼さんを惜しまない。そのことが私たちの能力を、自分自身もびっくりするほど伸長させるp.630

 

できないことがあったとしても、それはいまの自分にできないだけであって、将来の自分になら可能であると未来進行形であることが大切p.633

これ大事。始めるときはみな経験がない。勇気をだしてまずやってみること

努力を積み重ねれば平凡は非凡に変わる

結局のところ、人生とはその「今日1日」の積み重ね、「いま」の連続にほかなりませんp.673

 

いまという瞬間瞬間に全力を傾注して生きることによって、そのとき見えなかった未来の姿がたがて自然に見えるようになってくるものp.682

目の前のことに真剣に取り組むことが大事。

迷ったときの道しるべとなる「生きた哲学」

指針なき選択は海図を持たない航海のようなものであり、哲学不在の行動は灯火もなしに暗い夜道を進むようなものp.884

 

自分たちの利益ではなく他社の利益を第一義とする――その経営の原理原則を貫いたことが、成功への道をつないだp.910

 

世の風潮に惑わされず、原理原則を死守できるか

ただ長い目でみれば、確固たる哲学に基づいて起こした行動は、けっして損にはならないものです。一時的には損に見えても、やがてかならず「利」となって戻ってくるし、大きく道を誤ることもありませんp.919

 

しかし私は、土地を右から左へ動かすだけで多大な利益が発生するなんて、そんなうまい話があるはずがない。あるとすれば、それはあぶく銭であり浮利にすぎない。簡単に手に入るお金は簡単に逃げていくものだ。p.932

自分の人生ドラマをどうプロデュースするか

むずかしいが、どうしても解決を要する問題に直面したとき、その困難さから目をそらして逃げてしまうか、正面切ってそれに立ち向かうことができるか、そこが大きな成功を手にすることができるか否かの分かれ道p.1031

昔、寮に住んでいた時も「困難から逃げても、困難から逃げる自分からは逃げなれない。だから立ち向かうしかない」と先輩から励まされた気がする。心が弱っている場合は休憩が必要だけれども、励ましが必要であるときにはこの言葉はとても強い言葉だと思う。

「好き」であればこそ「燃える」人間になれる

物事をなすには、自ら燃えることのできる「自燃性」の人間でなくてはなりません。p.1103

 

①火を近づけると燃え上がる可燃性のもの。②火を近づけても燃えない不燃性のもの。③自分で勝手に燃え上がる自燃性のもの。p.1105

 

物事をなすには、自ら燃え上がり、さらに、そのエネルギーを周囲にも分け与えられる人間なのです。けっして、他人からいわれて仕事をする、命令を待って初めて動き出すという人ではありません。いわれる前に自分から率先してやりはじめ、周囲の人間の模範となる。そういう能動性や積極性に富んでいる人なのです。p.1115

 

自ら燃える体質を獲得するにはどうしたらいいか。その最大にして最良の方法は、「仕事を好きになる」ことp.1119

 

どんな仕事であっても、それに全力で打ち込んでやり遂げれば、大きな達成感と自信が生まれ、また次の目標へ挑戦する意欲が生まれてきます。p.1122

自分に打ち勝ち前に進め、人生は大きく変わる

では、自分の仕事がどうしても好きになれないという人はどうすればよいか。とにかくまず一生懸命、一心不乱に打ち込んでみることp.1137

 

そのときに大切なことは「自分に打ち勝つ」ことだといえるでしょう。つまり利己的な欲望を抑えること、自分を甘やかそうという心をいさめること。それができなければ何事も成し遂げることはできないし、もてる能力を最大限に発揮することもできません。

厳しい言葉だし、意識して行動することはもっと難しい。習慣にできたら勝ち。

人の真の能力とは、そうした物事に愚直に取り組む克己心まで含むものかもしれません。いくら能力があろうが、自分に負け安逸に流れ、正面からの努力を惜しむのは、つまりは「自分のもって生まれた才を活かす」といういみでの能力に欠けているといえるp.1166

 持続できるのも才能のうち

複雑な問題も解きほぐせばクリアに見えてくる

「ここに信号のない平面交差の十字路があります。信号がないため四方か車が流れ込んで、進むも退くもままならない大混乱が起きています。このままでは、この混乱を解決することができません。しかし、それは平面交差という二次元の世界の中で買いを見つけようとしているからです。ここに『高さ』というファクターを加える。すなわち三次元の視点を持ち込むと、どうなるでしょうか」「つまり、この十字路は平面交差ではなく立体交差しているとすれば――そう、信号がなくても、車はスムーズに流れることになります。私の発想もそういうことでした。いっけん複雑に見える現象も単純な構造の投影にすぎないことが多い。そこで視点を変えて、あるいは視点の次元を一つ上げて問題を見つめなおしたとき、その答えが実に明快に導き出されてきたわけです」p.1203

 稲盛財団副理事長である数学者の広中平祐さんの言葉

日本人はなぜその「美しい心」を失ってしまったか

したがって、どのようにすぐれた能力も、それが生み出した成果も、私に属しながら私のものではありません。才能や手柄を私有、独占することなく、それを人様や仕事のために使う。つまり、おのれの才を「公」に向けて使うことを第一義とし、「私」のために使うのは第二義とする。私は。謙虚という美徳の本質はそこにあると考えています。p.1325

 

大企業のトップ、幹部、官僚、みんな人並みすぐれた能力に恵まれた人たちばかりです。それなのに、なぜ不祥事や汚職が後を絶たないのか。それは、才を私物化してしまったからにほかなりません。p.1334

「大学は大学に行けなかった人のためにある」との言葉も懐かしく思い出す

リーダーには才よりも徳が求められる

そこには、戦後の日本を覆い尽くしてきた経済成長至上主義が背景にあるのでしょう。人格というあいまいなものより、才覚という、成果に直結しやすい要素を重視して、自分たちのリーダーを選ぶ傾向が強かったp.1351

 

わが敬愛する西郷隆盛も。「徳高き者には高い位を、功績多き者には報奨を」と述べています。つまり功績にはお金で報いればいい、人格の高潔な者こそ高い地位に据えよp.1358

会社もこうならないかな笑 尊敬できる人のもので働くのが働きやすいと思う。

働く喜びは、この世に生きる最上の喜び

私は、人間がほんとうに心からの喜びを得られる対象というものは、仕事の中にこそあると思っています。そういうと、仕事一筋では味気ない、人生には趣味や娯楽も必要だという反論が返ってくるでしょう。しかし趣味や遊びの楽しさとは、仕事の充実があってこそ味わえるもので、仕事をおろそかにして趣味や遊びの世界に喜びを見出したとしても、一時的には楽しいかもしれませんが、けっして心から湧き上がるような喜びを味わうことはできないはずです。

もちろん仕事における喜びというのは、飴玉のように口に入れたらすぐ甘いといった単純なものではありません。労働は苦い根と果実をもっているという格言のとおり、それは苦しさやつらさの中からにじみだしてくるもの。仕事の楽しさとは苦しさを超えたところにひそんでいるものなのです。p.1666

労働の意義、勤勉の誇りを取り戻そう

労働はお金を得るために行わなくてはならない苦役だから、なるべく楽をして、多くのお金をもらうのが「合理的」であるという考え方が生まれてきます。このような労働観は日本の社会を広く覆い、たとえば教育の現場にも浸透していきました。p.1757 

 

何か熱心に働くことが罪悪であるかのような風潮がまかり通る時代を経て、いまでは勤勉の価値はかなり下位に追いやられています。余暇を精神的な余裕の母体として考える欧米流の労働スタイルを、私は否定しようとは思いません。しかし、それを無批判に受け入れて、働くことの価値を軽視するような振る舞いは大きな間違いであると思う。p.1768

うーむ。働くこと自体を軽視する流れがあるのかどうかはわからない。

人類が目覚めたとき「利他」の文明が花開く

これ以上、経済的な富のみを追い求めるのはやめるべきです。国や個人の目標を物質的な豊かさだけに求めるのではなく、今後はどうすればみんなが心豊かに暮らしていけるかという方向を模索すべきです。それが老子のいう、「足るを知る者は富めり」という「知足」の生き方です。欲しいものが手に入らないときは、手に入るものを欲しがれとの格言もあります。「満足こそ賢者の石」。知足にこそ人間の安定があるという考え方や生き方を、私たちは実践していく必要があるのです。p.2182

清潔な水にアクセスできない。食べ物に困る。学ぶ機会がないなどの基本的な問題は解決されるべき。それ以外は賛成。

ただ人間の欲はなくならないのでこれは難しい問題。

(ネガティブな気持ちでの)比較では幸せにはなれないので、絶対的幸福感を得るために自分の心を見直す必要がある。

結果に焦るな、因果の帳尻はきちんと合う

因果応報の法則というものが見えづらく、それゆえに容易に信じることができないのは、物事を短いスパンでしかとらえていないからです。ある思いや行いが結果として現われてくるには、やはりそれ相応の時間がかかり、二年や三年といった短い単位では結果は出にくいものp.2282 

 因果応報。今どのような因を積んでいるかが大切。怖い反面、希望でもある。

人のあるべき「生き方」をめざせ、明るい未来はそこにある

一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素直な反省心でいつも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高め続けること。すなわち、そのような当たり前のことを一生懸命行っていくことに、まさに生きる意義があるし、それ以外に、人間としての「生き方」はないように思います。

稲盛さんのメッセージ